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コースタイム
0時10分自宅出発
地点分岐等 時間
二岐沢出合 4:10
北電取水ダム 4:45
二ノ沢出合 5:00
尾根取付 5:40
トッタの泉 6:20
ヌカビラ岳 7:20
北戸蔦別岳 7:50
8:10
1856ピーク 8:35
頂上 9:45
所要時間 5:35
頂上 10:30
1856ピーク 11:15
北戸蔦別岳 12:05
12:25
ヌカビラ岳 12:45
トッタの泉 13:15
尾根取付 13:35
二ノ沢出合 14:10
北電取水ダム 14:30
二岐沢出合 15:05
所要時間 4:35
総所要時間 10:10
19時00分自宅到着
76.1967峰(北部日高/1967M)ヌカビラ岳1807.9M/北戸蔦別岳1912M
悲願成就!霧中の国境稜線を辿り遂に日高第三の高峰の高みに立つ
 本来ならこの時期は沢なのだが、「沢単独行は厳禁」とのお達しが出ており、やむなく1967峰に転進する。池田を深夜に出発し午前3時前に日高に到着。早速、北部森林管理所で鍵を受領する。事前の電話一本で鍵が借りられるのはとても便利でありがたい。如月橋、弥生橋‥等、粋な名の橋を経て登山口の二岐沢出合に行き着く。車が5〜6台、前日のものだろうか。意外と多いのに驚く。山行スタイルに変身中に札幌ナンバーの車が1台到着。聞けば私と同じ1967峰までとのこと。少しだけ意を強くし先に出発する。
【@千露呂川二岐沢出合→ヌカビラ岳→北戸蔦別岳】  
 千露呂川に架かる橋には北電ゲートがあり、その脇を潜り抜け橋を渡り林道を歩き始める。平坦且つ快適な林道で、後半のバテを考えずにいきなりスピード全開である。取水ダムからは左岸の林道跡を行くが、背丈まであろうかというブッシュに覆われ、しかも朝露をたっぷり含んでおり、あっという間に全身ずぶ濡れ状態になる。雨具着用がセオリーであることは解っているが、動作性低下を考えると雨具の選択肢はない。二ノ沢出合中州には色鮮やかなテントが一張り。住人の3人+犬一匹パーティがこれから出発するらしい。横目で見ながら二ノ沢に入る。概ね、前半は左岸、後半は右岸を辿る。何度も徒渉、といっても靴をぬらす程度だが、苔むした石や濡れた木は滑りやすく何度も転びそうになる。標高1000メートルを少し越え滝が現れるあたりで沢から離れ尾根に取付く。この付近には雪渓もあり少しわかりずらい。ここからはジグザグと直登を繰り返すきつい傾斜が続くが、朝日も差し込み、背後には雲の上にチロロ岳も顔を出してきた。好天の兆しに気分良く高度を稼ぎ、標高1400メートル付近の「トッタの泉」で小休止。泉のごとく細い流れが2本、腹と水筒にたっぷりいただく。冷たくて美味しい水がこんな高所で得られるとは何ともありがたい。衣服も乾き、登山道が南東から真東に方向を変えるとほどなく巨岩の岩場が現れ、そこを越えると稜線で、突然展望が広がる。平坦なヌカビラ岳からは雲海の上に顔を出す山々が一望できる。馬蹄形の北カールを抱いた雄大な幌尻岳、小さいが鋭角的な山容の戸蔦別岳と手前の荒々しい1881峰。正面の北戸蔦別岳から左に目を転じると、国境稜線の奥に一際高く目指す1967峰が聳えている。北戸蔦別岳までは緩やかな登りで、広い稜線を三ノ沢源頭の花畑に見とれつつ歩く。ハイマツと草原を通り抜けていくのだが、草原には羆の掘り返しが目立つ。また、ハイマツの中は黄色い粉が飛び小さな虫が蠢いており、口の中まで入りそうなのには閉口する。直下のテン場を過ぎた頃から急にガスが濃くなってきた。なんと北戸蔦別岳の頂上に立った時は視界が30メートルほどまでに低下し愕然としてしまう。それでも予定より1時間近い早着で気分はいい。「明るいしそのうちガスは上がるだろう」と楽観しつつ1967峰へ向けて腹ごしらえをする。
【A北戸蔦別岳→1856ピーク→1967峰】
 小休止の後、いよいよガスの中を1967峰へ向け国境稜線を北上する。最初は北戸蔦別岳の肩1901まで稜線の西側を行くがハイマツの背も低く歩きやすい。その後登山道は稜線の東側に移るが、濡れて滑る急斜面をブッシュに掴まりながら平行移動する感じである。ここを脱すると斜面には所々お花畑も現れ気も和むが、とにかくガスが濃く羆との遭遇が心配なので笛を吹き通しである。1856ピークはたおやかな場所でテント場としても使用されているようだが、ティシュの花が彼方此方に咲いていたのにはガックリ。ここから20メートルほど下がり登り返しが100メートルほど、辛いところだ。ここを登りきると岩場なども現れ始め、少しだけガスが切れた東側斜面は小規模なロックガーデンがあったり、カールかと思わせるような地形に出あったりもする。岩場のルートは不明瞭で少し注意が必要だ。事実、復路にルートをはずれてしまった。1904からはガスの中、次々とピークが現れアップダウンを繰り返しながら高度を上げていく。稜線の西側はスパッと切れ落ち慎重に足を運ぶ。ガスの中に一際高いピークが現れる。「たぶんこのピークだろう」と思って駆け上がると案の定、白く1967峰と書いた木製の小さな標識が岩の上にあった。なんとも日高らしい地味さがいい。1839峰といい、想像通りの景観である。勿論、展望は得られないが、芽室岳やチロロ岳から見る気品に満ちた1967のピークにいると思うと静かに嬉しさがこみ上げてくる。縦走路はここから真東に方向を転じるが、目で追うといきなり急斜面を下っているようだ。ピパイロまでどれくらいかかるのだろうか。また、頂上から北へもはっきりとした踏跡があるが何処へ伸びているのか。沢詰めルートか、少々気になるところではある。それにしても、日高第3の高峰に名前が無いのは少し寂しいが、存在感ある無名峰というのも悪くないなどと思ったりはする。
30分滞在で下山しようと思っていたら、前述の登山者が鈴とともに登場したのでもう少し居ることにする。ぴったり6時間は予定通りらしい。彼は前年、北戸蔦別岳で断念した経緯があり、今年は捲土重来を期しての挑戦という。ガスが濃く途中から引き返すことも考えたが、先行者がいるので安心して来たとのこと。私も少しだけ役に立ったということか。互いに証拠写真を撮り合い、山談義に花を咲かす。聞けば、前年夏にペテガリ岳に東尾根から単独で上がったとのこと。中々のツワモノで、現在は日高に傾倒中のようである。
【B1967峰→1856ピーク→北戸蔦別岳→ヌカビラ岳→二岐沢出合】
 復路も往路を辿るだけなのだが、ロングコースでもあり気は抜けない。気を引き締め先に頂上を後にする。「今度来る時は静子も一緒、その時は姿を見せてくれよ」と祈りつつ下る。が、途中の岩場でルートをはずれてしまう。気がつくと稜線の10メートルほど東下を歩いている。1904付近はほとんど稜線上に登山道はあるので、そこからハイマツの上を直線的に稜線まで上がると登山道に出くわしホッとする。1856ピークを経て稜線東側の急斜面から1901までは辛かった。「復路のほうが全体としてやや楽」との記述をどこかで読んだが、私の場合はそれは間違いと訂正したい。肩で息をしながら肩まで上がると(しゃれではありません)、ガスの中から2人の登山者が現れる。簡単な挨拶の後、1967峰までの登山道の状況やテント場について聞かれ、わかる範囲内で答える。なんでも、来週に伏美岳からピパイロ岳、1967峰を経て幌尻岳まで縦走するので、その下見とのこと。それにしても、疲れている時に上で「どうぞ」と道を譲り待っていてくれるのは勘弁して欲しい。エチケットとはいうもののケースバスケースで対処するのが妥当というもの。結局、北戸蔦別岳1967峰間は往路復路とも1時間35分と、全く同時間で歩く。北戸蔦別岳には3人の女性パーティが休憩中で、今夜は稜線近くで幕営するという。北戸蔦別岳西側直下の二岐沢コース側にテン場があるとアドバイスすると早速そこまで降りてテント設営にとりかかっていた。北戸蔦別岳頂上で昼食の後、国境稜線をヌカビラ岳に向け下がる。ガスの中からヌカビラ岳東隣のピークが姿を現しピラミダルなその姿に驚く。ヌカビラ岳を過ぎると後は一気の下降である。トッタの泉で北戸蔦別岳を先に出た前述の登山者に追いつく。ここには下降時、間違って直線的に降りないようテープが張られている。なるほど間違いやすい地形ではある。とにかく急斜面の下りは辛い。疲れていることに加え滑りやすい。膝には相当の負担がかかるが、良く膝痛が再発しなかったと思う。二ノ沢出合まで降りてしまうと山旅も終わりに近づく。ほとんど平坦とも思える林道を足取りも軽く二岐沢出合へと急ぐ。締め括りの林道ウォークはおよそ3キロでクールダウンには丁度いい。11時間に及ぶ山行は流石に堪えたが、悲願を成就した心地良い疲労感に包まれ、日帰りながら思い出深い山行となった。
■山行年月
2003. 7.13(日)
■天気
晴のち曇(霧)
■同行者
単独
■山行形態
無雪期登山
■コース(往路/帰路)
千露呂川二岐沢