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あくぎょうの
Vol.49       ザ・バンク 堕ちた巨像(2009年/アメリカ・ドイツ・イギリス/ソニー・ピクチャーズ/117分)
■鑑賞日 2009.04.07(火) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 トム・ティクヴァ
■キャスト ルイ・サリンジャー/クライブ・オーウェン、エレノア・ホイットマン/ナオミ・ワッツ、/アーミン・ミューラー=スタール、/ブライアン・F・オバーン、/、//
■ジャンル サスペンス・アクション
■あらすじ

ルクセンブルクに拠点を置く国際銀行、IBBC。この銀行の不審な取引情報をつかんだインターポール捜査官のサリンジャーとニューヨーク検事局のエラは本格的な捜査に乗り出す。内部告発をしようとした銀行幹部との接触のためにベルリンを訪れたサリンジャーだが、検事局員を目の前で殺され、また告発者も事故死に見せかけて殺されてしまう。証言を得るためミラノを訪れたサリンジャーとエレノアは、軍事メーカーの社長から銀行が武器取引に関与していることを聞きだすが、IBBCの放った刺客により彼もまた殺されてしまう。殺し屋を追い詰めるサリンジャーとエレノアだが、IBBCはその殺し屋の口すら封じてしまう。ガードは固く捜査は進展しないどころか、挙句は上部から捜査打ち切りの指示が下る。IBBCの幹部の一人を追及するサリンジャーは法の外で解決を図る以外にないことを思い知る。彼は一人で巨大銀行に立ち向かう‥。

■コメント

銀行の持つイメージは「堅実」そのものであり、悪業の対極に位置すると言っていいだろう。だが、この映画で登場する銀行は、違法行為を繰り返す国際的なメガバンクである。悪事を企てるのが、テロリストでも巨大軍需産業でも、マフィアでもなく、銀行というのが映画のキーポイントである。しかし、考えてみると、銀行とて「営利」を目的とする組織であり、企業倫理やコンプライアンスを逸脱することがあっても不思議はない。ある意味、タイムリーな設定である。ちなみに、このメガバンクIBBCにはモデルがあって、1991年に経営破綻したBCCIで、同銀行は世界中の独裁者やテログループに資金を用立て、彼らを借金でがんじがらめにして裏から操ろうとしていたらしい、とのネットデータがある。
映画は全編、銀行の徹底した悪事を描いている。情報を提供しようとした銀行関係者も、その窓口になった捜査員も、次々と容赦なく抹殺してゆく。銀行が雇った殺し屋が失敗したり寝返ったりしたケースを想定して、また別の殺し屋グループを用意するという周到さには呆れるばかりだ。しかも、この銀行には旧東ドイツの特高警察関係者も絡んでいるのだから話は余計に複雑である。圧巻は、NYグッゲンハイム美術館での銃撃戦。この美術館は、らせん状のスロープやガラスの天窓、などが特徴で、そこかしこに不規則に展示される抽象美術と相まって、とてもお洒落な建物である。銃撃戦など、およそ似つかわしくないのだが、とにかく、銀行がおくった別動隊と派手にやり合う。サリンジャーと殺し屋が呉越同舟、絶体絶命のピンチを脱しようと試みるのである。このシーンはかなり長かったが、秀逸なそれで全く飽きることはなかった。一瞬だがサリンジャーと殺し屋との絡む思いも描かれて、なんとなくジーンときてしまった。
組織とか体制についても示唆的なシーンが多い。先ずは、国際的なメガバンク=巨大組織の悪事を企てる意図が何処にあるのか。メガバンクのトップは、クライアントの質問に答えて言う「武器売買の仲介による手数料などにあるのではなく、人間関係を構築することにある。そのことが、メガバンクの影響力拡大につながる(要旨)」と。そして、それは、単に経済的な領域だけに及ぶのではなく、政治的な分野にも波及する。更に、地域から国、世界規模の広がりをも持つことになる。サリンジャー達の捜査に上部からの圧力がかかるのも頷けるというものである。もっとも、こういった関係は映画の中だけの話ではなく、現実世界においても現在進行形といえる訳で珍しい話ではない。巨大組織がひとたび動き出すと、それは明確な意思を持ち一人歩きを始める。つまり、自己増殖を繰り返しながら成長していくのだ。こうなると、例え、トップといえどもその動きを阻止することは不可能になる。映画のラストで、メガバンクのトップを追い詰めたサリンジャーに対し、「俺を殺しても代わりは出てくる(要旨)」と彼はいう。圧倒的な組織力の前には、個々の力など全く非力で、どうしようもない絶望感だけが残る、そんなエンディングも当然である。
人生の締めくくり方をどうするか、シリアスなテーマだが、そんなことについて考えさせられた映画でもある。メガバンクの幹部の一人が、サリンジャーに「理想や正義感はどうしたのか」と問われ、それを貫徹するには難しい現実があった、としながらも捜査への協力を約束する。勿論、生命の危機を認識しつつである。このシーンは中々ディープで引き込まれるものがあった。
キャストについて、主役のクライブ・オーウェンは、かつてはスコットランド・ヤードで現場の刑事として苦渋をなめた過去を背負っているという設定で、悲哀に満ちた表情や非力感、絶望感が漂っていていい。一方、ナオミ・ワッツはお飾りのようで希薄な存在感は否めない。2人をもう少し上手に絡ませることで、映画に新たなインパクトを加えて欲しかったと思う。付け加えるとすれば、ちょっとした観光気分を味わえたこと。ベルリンに始まり、リヨン、ミラノ、イスタンブールと、風光明媚な映像がスクリーン一杯に広がり、さながら2時間の海外旅行とでもいえようか。

Vol.50     レッドクリフPartU(2009年/アメリカ・中国・日本他/エイペックス・エンタテイメント/144分)
■鑑賞日 2009.04.10(金) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 ジョン・ウー
■キャスト 周瑜/トニー・レオン、諸葛孔明/金城武、曹操/チャン・フォンイー、孫権/チャン・チェン、尚香/ビッキー・チャオ、趙雲/フー・ジュン、甘興/中村獅童、小喬/リン・チーリン、劉備/ユウ・ヨン
■ジャンル 歴史アクション
■あらすじ

2000隻の戦艦と80万の大軍の圧倒的兵力で「赤壁」の対岸に大陣営を構えた曹操。対する連合軍は前戦により兵も村人も傷つき、食料も不足していた。敵陣深く潜入していた尚香(孫権の妹)からは、曹操軍の異様な陣形・戦略が伝えられていた。そんな折も折、連合軍に疫病が発生し、業を煮やした劉備は「信頼だけでは生きられない」として撤退を決意する。闘いの直前で崩壊する連合軍。絶体絶命のピンチに周瑜の妻・小喬が決断する。置手紙を残し、休戦を求めて一人曹操の元へと向かうのである。周瑜を中心に、連合軍に信頼と強固な結束が蘇る。一方、曹操軍では周瑜の知略に惑わされ、内部に動揺が走っていた。連合軍に戦う態勢は整うが、戦力的な劣勢に変わりはない。風上に位置し火攻めのタイミングを覗う曹操軍。連合軍に勝機はないように思えたが、天才軍師・孔明の知力が形勢を逆転する‥。

■コメント

興行的には成功をおさめた前作だが、内容的には中途半端な出来というのが私の印象であった。コメントも「パートUのための長い長い予告編」と結んでいるくらいである。本作は「完結」編でもあり、私としては汚名挽回の期待を込めての鑑賞となった。
冒頭に、日本語説明付ダイジェストがスクリーンに映し出される。前作同様日本仕様の映像である。パートTを観ている人には煩わしいが、観ていない人には嬉しい配慮で、何のストレスもなく映画を楽しむことができるはずである。さて、本作の見所はただ1点だけである。つまり、戦力的には圧倒的な劣勢にある連合軍がどのようなプロセスで勝利を掴むのかということである。勝利をよりドラマチックに描くためにも、連合軍にとって否定的な条件をこれでもかというほど積み上げることが不可欠で、映画では、疫病の発生、劉備軍の撤退、不足する弓矢、不足する食糧、そして、不利な気象条件等、勝利の可能性はゼロという環境が出来上がる。次に、知力と奇策を用いて密かに戦う準備を整え、強固な結束と闘争心を高め、天を読みつつ最適な攻撃方法のタイミングを窺う、そして、赤壁の戦いに挑んでいく。典型的な展開だが、自然とスクリーンに引き込まれてしまう面白味があった。
前作では見られなかった女性達の活躍もある。先ずは、孫権の妹・尚香が敵陣深く潜入し、曹操軍の動きを探るばかりでなく、敵兵との友情(=愛情)が芽生える、というストーリーである。コミカルで気が和むシーンでもあるが、悲しい結末も用意していたりするのである。もう一人は、周瑜の妻・小喬である。民を助けるべく、休戦を求めて一人曹操の元へ向かう。勿論、それに応じる曹操ではないが、小喬に対する思い断ちがたく、攻め時を逸してしまう。男の愚かさと女の浅知恵が交錯する場面である。
女達の活躍に対し男達はどうか。鍵を握るのは周瑜であり孔明である。周瑜の知略といえば、「敵を欺くにはまず味方から」ということで、劉備の撤退や、敵スパイを利用した曹操軍内部の混乱と動揺を画策する。頭脳戦を制する周瑜だが、小喬の決断には心が揺れる。居るべきところに小喬の姿はない。妻への(それも身重の)溢れんばかりの愛がスクリーン一杯に描き出される。彼の心痛を共有する仲間達は多くを語らない。黙って、彼の皿に自分の団子を1個入れていく。仲間の思いを知り、黙々と団子を食べる周瑜。この場面は中々良くて、連合軍の固い絆を象徴するシーンでもあった。一方の孔明、前作に比べると活躍度はアップしている。自らの命を懸けた弓矢の調達方法は奇策だし、自然条件を読み切った攻撃のタイミングは彼の知力のなせる技である。ただ、それでもなお天才軍師の真骨頂発揮とまではいかない。物足りなさを払拭できないままエンディングとなってしまった。周瑜や孔明を凌駕する存在感を示したのが曹操である。悪役だが、その描き方も極悪非道の絶対悪として描かれてはいない。征服欲は強いが、茶をたしなみ、愛する女を一途に思い続ける心、そして、疫病に侵され気力も失せた兵士達を再び立ち上がらせるカリスマ性等、彼の人柄を知るには充分な描き方である。尤も、本作の主役はある意味曹操なのだから当然ともいえるが。
戦闘シーンは質、量ともに前作を圧倒している。2000隻の戦艦を連結するなど思いもつかないことで笑ってしまったが、風上を利した火攻めのリアル感、弓矢攻撃に抗して前進する兵士達、槍や刀での接近戦、前作はマスゲーム的(?)な戦術が登場し拍子ぬけしたが、本作では壮絶な戦いに釘づけである。キャストに関しては、周瑜のトニー・レオンと曹操役のチャン・フォンイーだろう。トニー・レオンは周瑜に、知性とリーダーシップだけでなく、誠実で人間味を与えたと思う。他方、チャン・フォンイーからは、曹操のギラギラした征服欲が伝わってきた。
「敵」や「悪者」、争いごとの描き方は、やはりどこかにアジアなるものを感じる。例えば、お茶や書、琴(?)、団子などが重要なシーンで登場する。ハリウッドを意識しつつも、欧米のそれとは明確に一線を画していると言っていいだろう。周瑜や孔明、曹操だけでなく、小喬や尚香の活躍、そして、スケール感のある赤壁の戦い。本作は「パートT」とは比べものにならない良作となった印象である。少し甘いが、当初の評価を訂正して★4個とした。