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 Vol.31            ラスベガスをぶっつぶせ(2008年/アメリカ/コロンビア・ピクチャー/122分)
■鑑賞日 2008.06.07(土) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 ロバート・ルケティック
■キャスト ベン・キャンベル/ジム・スタージェス、ジル・テイラー/ケイト・ボスワース、ミッキーローザ教授/ケヴィン・スペイシー、コール・ウィリアムス/ローレンス・フィッシュバーン、チョイ/アーロン・ヨー、キアナ/ライザ・ラビラ
■ジャンル ドラマ
■あらすじ

マサチューセッツ工科大学に通うベンは夢のハーバード大学医学部進学資格を得ながら、30万ドルの学費を捻出できずに頭を痛めていた。そんな時、ミッキー・ローザ教授から秘密の研究チームに誘われる。彼は優秀な学生たちにブラックジャックの必勝法であるカード・カウンティングを習得させ、ラスベガスに乗り込んでは大金を稼いでいたのだった。学費のためにチーム入りを決めたベンは天才的な数学力を発揮し、思惑通りカジノで荒稼ぎする。美人チームメイト、ジルの信頼と愛も得て、順風満帆のベンだったが、果てしない欲望の前に徐々に理性を失っていき、親友とも決別してしまう。一方、カジノ側も次第に、チームの存在とその手口を掴んでいく‥。

■コメント

ラスベガスやカジノを描いた映画は多くあるが、学生がチームを組んでラスベガスに乗り込む、という筋書きは記憶にない。新鮮な脚本だと思ったら、なんとこれが実話を基にしているという。やはり、果てしない想像力も、事実の前には平伏すのみなのだろうか。
さて、映画だが、ギャンブルを主題にした映画の常として、「悪銭身に付かず」で、大金を手にしても、最後にはおけらになるという鉄則はここでも基本的には貫徹されている。その意味で目新しさはないが、決定的に違うのは、教授をリーダーにエリート学生がチームを組む部分である。ゲームはブラックジャック。この攻略法としてカードカウンティングが登場する。変数変換とか確率とか、要するに、運やカンではなく数学的に理論でプレイするのである。チームだから、夫々に役割があり、仲間同士のサインもある。だから、映画を楽しむためには、ブラックジャックというカードゲームに精通していることが望ましいことは言うまでもない。が、私は全くの門外漢。少しばかりの説明はあるものの何やらチンプンカンプンで、分かるのは、プレイヤーは「21」を超えないように手持ちのカードのポイントの合計を21に近づけ、その数字がディーラーより21に近づくこと、というぐらいで、専門用語なども出てくるが頭に入らない(笑)。従って、私的にはもう少しゲーム解説が欲しかったところではある。勿論、映画の見どころもカジノのゲームシーンだが、プレイヤーとディラーの探り合いや駆け引き、仲間同士の連携プレイ、カジノ側の対応策など、本来、息詰まるような緊張感に満ちたシーンが案外あっさりとしか描かれていないという印象である。超セレブなホテル暮らしにジルとのロマンスも登場するが、このあたりはベンならずとも、学費年出という目的を忘れて欲望に走るのは無理からぬことだったりして‥。
特筆すべきは、ケヴィン・スペイシー演じる大学教授。こういう人間が崇高な教育の場に身を置いていいのか(当然良くないが)と思うが、生徒たちを意のままに動かし、失敗すれば容赦なく切り捨てる。学業成績まで変えてしまうというのだから唖然とするしかない。アメリカの大学はこんなにもアバウトなのだろうか。ケヴィン・スペイシーという役者さんは、陰のある役柄を巧く演じているイメージがあったが、今回も主役に匹敵する存在感を発揮していた。存在感と言えば、カジノ荒らしを取り締まる責任者を演じていたのがローレンス・フィッシュバーン。あのマトリックスに出ていたいかつい風貌の俳優である。彼の手にかかれば柔なベンなどひとたまりもない、と思わせるほどの迫力で、最後のドンデン返しに一役買うのである。
主役のベンを演じるジム・スタージェスはマスクはいいが、やたらと背が高いだけで印象度はイマイチという感じ。美しきヒロインジル役のケイト・ボスワースも学生という雰囲気ではなかったなあ。学生らしいのは、ベンの親友達くらいで、ロボットコンテスト優勝に精力を傾けるあたりは微笑ましいくらいである。
映画の展開としては、そこそこスピード感もあり楽しめるが、ストーリーそのものは前述した実話という以外はありきたりである。付け加えるとすれば、アメリカの進学事情、とりわけ、その経済的側面(学費捻出)についてである。ベンがチームに加わったのも元はと言えば学費のためである。日本はほとんどが親負担で、自分で学費を賄うケースなどは極希といっていいと思う。が、アメリカでは珍しくないようで、映画の中でも苦学生や奨学金の話はよく登場する。おのずと学業への臨みかたにも違いが出てくるだろう。ふと、そんなことを思いながら劇場を後にした。
ちなみに、映画の原題は「21」である。

 Vol.32            悲しみが乾くまで(2008年/アメリカ/ドリーム・ワークス/119分)
■鑑賞日 2008.06.15(日) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 スサンネ・ビア
■キャスト オードリー/ハル・ベリー、ジェリー/ベニチオ・デル・トロ、ブライアン/デヴィッド・ドゥカヴニー、/アリソン・ローマン、/ジョン・キャロル・リンチ、/オマー・ベンソン・ミラー
■ジャンル ドラマ
■あらすじ
オードリーは、夫・ブライアンと二人の子供たちに囲まれ、平凡だが幸せな日々を送っていた。しかし、夫婦喧嘩の仲裁に入ったブライアンが逆上した夫に射殺される。突然、愛する人を失った悲しみから立ち直れなかったオードリーは、夫の幼馴染みで親友のジェリーを思い出す。彼は弁護士だったが、今はドラッグで堕落していた。オードリーはそんな彼を好きではなかったが、自分と同じように夫を深く理解し、愛していてくれたことを知り、親近感を持ち始める。オードリーは、それぞれが立ち直るため、共同生活をしようと提案する。オードリーの要求を受け入れ、離れの客室に住み始めたジェリーは、いつしか子供達の友達にして父親代わりになっていた。嫉妬と不安に駆られたオードリーはジェリーに出て行くように言い放つ‥。
■コメント

「誰でもいいから殺したかった」、理由なき殺人が珍しくない昨今、愛する人を突然失ってしまったら、残された人達はどうなってしまうのか。それも、全く理由もないままに不条理な最期だったとしたら‥。
タイトルからもなんとなくその内容が想像できるが、映画は現在と過去、時間軸を行きつ戻りつしながら心の揺れ動くさまを静かに描いていく。
最初は、何が現実で何が回想シーンなのか、正直分かりにくい。中盤あたりまでくるとようやく全体像が見えてくる。曰く、寂しさと不安を抱え、愛する夫の死を受け入れられない妻・オードリー、夫の友人でヘロイン中毒の男・ジェリー。彼女は立ち直るためジェリーを利用するのだが、一方の、ジェリーも薬中毒から抜け出すことを意識している。どうもこのあたりは理解に苦しむ。例え、夫を深く理解していたとしても、「貴方が死ぬべきだった」という相手とどうして一緒に暮らそうなどと提案できるのか。男もまた、自分を毛嫌いしている女の要求に何故応えるのか。互いに打算が働いているとしか言いようがない。それを象徴するかのような映像がスクリーン一杯に映し出される。オードリーの目や唇のアップが、ジェリーの荒んだ生活が荒い映像で描きだされるのだ。不眠に悩むオードリーがジェリーをベッドに誘い夫と同じ姿勢をとらせる身勝手さときたらどうだろう。また、徐々にジェリーに懐く子供達を腹立たしく眺め、挙句は、水泳の教え方が上手いことや、娘が映画館にいることを知っていたことに嫉妬と不安を露わにする。一方の、ジェリーはほとんど無表情で、積極的な感情は表に出てこない。ただそこにいるだけという感じなのでだが、ありのままに受け入れてくれる彼の存在は子供達にとっても安らぎであったに違いない。勿論、オードリーにとってもである。
紆余曲折はあるものの、それぞれが置かれた現実と真剣に向き合うあたりから、映画は確実に進展していく。悲しみや苦しみを乗り越えるためには、それらと向き合うところから始まるのだろう。オードリーが言う「晴れ晴れとした気持ちになれる日が私に来るのか(要旨)」と。類似した経験を持つ私個人としても、このオードリーの心境はよく理解できる。でも、彼女は喪失感や絶望から抜け出し前向きに生きようと決意する。そのことが、愛した人との生活や存在そのものを否定することにならないと考えたからだろう。ジェリーもまた、オードリー達との普通の生活を夢見て更生プログラムに参加している。そこからは、もう後戻りはしないという二人の思いが伝わってくる。
エンディングまで観てしまうと、静かで淡々とした展開ながら、心に沁み入る映画で、再生に向けたメッセージ性の強いそれだったと思う。主演のハル・ベリー、ジェリー役のベニチオ・デル・トロ、ともに流石の演技だったが、特に、ベニチオ・デル・トロの醸し出す退廃感はスゴイ!。正常時と中毒症状時の演技のギャップには感心させられてしまう。気がつけばどちらもアカデミーを受賞している訳で、当然と言えばそれまでだが。
 帰りのドライブ、カーラジオから流れてきたのは、中島みゆきの「時代」。

♪そんな時代も あったねといつか話せる 日が来るわあんな時代も あったねときっと笑って 話せるわだから今日は くよくよしないで今日の風に 吹 ... まわるまわるよ時代は回る 喜び悲しみ くり返し 今日は別れた 恋人たちも 生まれ変わって めぐり逢うよ...
偶然にしては少し出来すぎだなあ、と思いつつ愛車ソアラの中でハモっていた。