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 Vol.11             ヘアスプレー(2007年/アメリカ/116分)
■鑑賞日 2007.11.27(火) ■劇場名 CINEとかちプリンス劇場
■作品データ
■監督 アダム・シャンクマン 製作総指揮:マーク・シェイマン
■キャスト トレーシー/ニッキー・ブロンスキー、エドナ/ジョン・トラヴォルタ、ベルマ/ミッシェル・ファイファー、ウィルバー/クリストファー・ウォーケン、メイベル/クイーン・ラティファ、リンク/ザック・エフロン
■ジャンル ミュージカル(コメディ)
■あらすじ 時は1960年代、人種差別問題で揺れる米国ボルチモア。おしゃれとダンスに夢中な女子高生トレーシーの夢は、ヘアスプレー会社が提供する人気テレビ番組「コーニー・コリンズ・ショー」のダンサーになること。でも、彼女には一つだけ問題があった。それは、ビッグすぎるサイズ!。しかし、彼女はそんなことは一向に気にせず明るく生きる。そんなある日、番組のオーディションが開催されると知ったトレーシーは、自分と同じく大柄な母親エドナの反対を押し切り、オーディションに参加。なんと、レギュラーの座を射止め番組の人気者となるが、美人でスリムなライバル母娘は静観してはいなかった。窮地に陥るトレーシーだが、両親や友人、そして、黒人の仲間達の協力を得て事態は好転していく‥。
■コメント

元来がミュージカル大好き人間の私。「『シカゴ』の製作陣が送るノンストップ・ハッピーエンタテイメント」というキャッチコピーを目にしたときから、「ヘアスプレー」は当然観るべき一本となった。で、鑑賞後の感想はというと、文句なしに楽しめる一級のエンタテイメントだった。
 人種差別問題が渦巻く60年代アメリカ。テーマは重く苦しいものだが、明るく前向きなビッグサイズガールの生き方が周囲の人たちの意識変革をもたらしていく、このプロセスをあくまでさわやかに、テンポの良い歌と踊りでラストまで一気に連れて行ってくれる。ミュージカルならではの醍醐味で、映画を観ての爽快感は久々である。
 ヒロインを演じるのは、本物のシンデレラガール、ニッキー・ブロンスキー。チョッピリ太目の体型ながら動きはシャープだし、愛くるしい顔立ちと伸びのある歌声は印象的である。彼女の発する「幸せオーラ」は強烈で、シリアスな問題が浮上してもハッピーな作品のイメージは崩れない。軸となる母親との息もピッタリである。特筆すべきは豪華な脇役陣で、悪女役のM・ファイファー、父親役のC・ウォーケン、母親役のJ・トラヴォルタ、メイベル役のQ・ラティファ等々、とてもいい味を出していたと思う。何れも主役級の役者なので当然といえなくもないが、しっかり歌い踊っていたのには感心してしまった。とりわけ、Q・ラティファの歌唱力は抜群で歌手としても充分にやっていけるのではと思わせるほどたった。総じて、役者としての基礎的能力の高さを思い知らされた感じである。J・トラヴォルタの母親役は賛否両論ありそうだが、私はその熱演ぶりから肯定派だ(笑)。リンク役のZ・エフロンもカッコよかったですね。
 ミュージカルと言えば音楽とダンスだが、特に、音楽は素晴らしい!。いずれもがこの映画のために書かれたオリジナルとのこと。60年代の雰囲気がムンムンする感じで何とも心地よい。強いて選ぶとすれば、オープニングの「グッド・モーニング・ボルチモア」、リックのバラードソング「イット・テイクス・トウー」、トレーシーが有頂天で歌うラブソング「アイ・キャン・ヒア・ザ・ベルズ」、メイベルがデモシーンで歌う「アイ・ノウ・ホエア・アイヴ・ビーン」、コンテストのクライマックスで歌われるアンサンブルナンバー「ユー・キャン・ストップ・ザ・ビート」、エンドロールで流れる「カム・ソー・ファー」だろうか。とにかく、ノリのいい曲が多くて、手と足が自然とリズムを刻んでいたことは言うまでもない。帰路、早速ショップに立ち寄りサントラ盤CDを購入してしまったほどだ。
 「ヘアスプレー」は1988年に映画化されているが、2002年にはブロードウェイ・ミュージカルとして上演され、トニー賞8部門受賞という快挙を達成している。今回はそれを映像化したもので、ヒロインに新人を起用することや、母親役は男優が演じることは前作を踏襲したものだという。さて、ミュージカルとしてのレベルだが、私は文句なしに久々の秀作だと思う。「ウエストサイド」のような重厚感はないし、「マイフェアレディ」のような華麗さもない。むしろ、軽く思えるかもしれないが、その躍動感と軽妙さは秀逸であり、これもまたミュージカルの真髄であろう。高い評価を与えて当然の作品だと思う。本コンテンツ最初の星5つ、お勧めの一本である。

 Vol.12             ミッドナイトイーグル(2007年/日本/131分/松竹)
■鑑賞日 2007.12.01(土) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 成島出
■キャスト 西崎優二/大沢たかお、有沢慶子/竹内結子、落合信一郎/玉木宏、佐伯昭彦/吉田栄作、冬木利光(内閣危機管理監)/袴田吉彦、宮田忠夫(編集長)/石黒賢、渡良瀬隆文(内閣総理大臣)/藤竜也、西崎優/佐原弘起
■ジャンル 山岳アクション
■あらすじ 厳冬の北アルプス。極秘任務を帯びた米軍の戦略爆撃機、通称「ミッドナイトイーグル」が深夜忽然と姿を消した。戦場カメラマン・西崎優二は偶然同機を撮影する。彼は後輩の新聞記者・落合信一郎と北アルプスに向かう。そこに完全武装した自衛隊の特殊部隊と謎の工作部隊が現れ、銃撃戦の末、自衛隊は壊滅状態となる。二人は唯一の生存者佐伯陸佐とともにステルス爆撃機の墜落地点へ向かう。ステルスには「特殊爆弾」が搭載されており、もし起爆すれば、日本全土を未曾有の惨劇が襲うことになる。起爆装置の解除に取り組む3人だが、謎の工作部隊もすぐそこに迫っていた。一方、西崎の義妹・松永慶子は写真週刊誌の記者だが、病死した姉を顧みようとしなかった西崎を許すことが出来ないでいた。ミッドナイトイーグルに関心をもった慶子は、横田基地に侵入、脱走した北朝鮮の工作員に接触する。そこで手にした情報とは‥。
■コメント

洋画専門の私がこの映画を観に映画館へ足を運んだ理由は二つ。それは、厳冬の北アルプスを舞台とした山岳アクション映画であること。そして、ごひいきの竹内結子が出演していることだった。
 日米同時公開という力の入れようだが、果たして出来映えはどうか。
映画は、戦場カメラマンとしての心の深い傷や、愛する者を顧みなかったことへの後悔の念を抱く主人公が、山という舞台でステルス爆撃機を死守=愛する者を守ろうとすることで再生していく物語である。テーマとしては中々のスケール感なのだが、ストーリー展開としては、説明不足というか脈絡が希薄という印象が否めない、
「山岳アクション」映画のはずだが、登場するのは銃撃戦と雪崩のシーンくらいで全く物足りない。危険なクライミングシーンなどは出てきて当然だし、ステルスの内部から撮った墜落シーンなんてのも欲しい。応戦もせずにあっさり引き返す増援ヘリというのもいただけない。と、まあ、いい食材は揃っているのだが、出来上がった料理はイマイチなのである。
心の機微にもっと敏感であって欲しかったというのもある。例えば、主人公が現実から逃げるように山へ向かうが、映画では、冒頭に直接のキッカケとなった戦場のシーンが登場するだけである。彼を理解しようと支えてきた妻の思いや病変のシーンは全く登場しない。妻を顧みなかったことに深い後悔の念を抱いているのであればあるほど必要ではなかったのか。また、ラストで主人公がナパーム弾の使用を進言するが、この決断に至る心の変化が全く描かれていない。いかにも唐突で、挙句は「佐伯陸佐も同じ考え」だという。乱暴な脚本というほかない。更に、北朝鮮がステルス爆撃機を墜落させ、搭載の特殊兵器を起動させる設定となっている。この意図がよくわからない。日本が受ける未曾有のダメージや東アジアの混乱等は容易に想像がつくが、北朝鮮にとっての目的やメリットはなんなのか。そこをもっと丁寧に描くべきだった。
 辛口コメントが続いてしまったが、それでも単なる駄作ではない。
なんといっても、スクリーン一杯に広がる白い北アルプスは印象的である。美しさと同時に人を寄せ付けない険しさも伝わってくる。山屋でなくとも魅入られることだろう。竹内結子は終始抑制された演技だった。勿論、これは役柄の設定上、止むを得ないことなのだが、彼女の弾ける笑顔が観たかったなァというのがホンネである。反面、義兄に対する慶子自身の心の葛藤が表現できていたのではないかと思う。最後のシーンで、西崎が「もう許してくれよ」と慶子に言うが、慶子は一呼吸置いてから言う「絶対許さない」と。ここは予告編などでも登場するところで、私なりの解釈としては、大事な姉だからこそ慶子自身も信頼していた西崎を紹介したが、彼は愛する姉を不幸にし死に追いやった。絶対に許せないのは当然だが、ここでまた、西崎は愛する者を救うために命を投げ出そうとしている。本当は、息子のところへ、そして、自分のところへ元気に帰ってきて欲しいのに去っていく。だから「絶対に許さない」のだと思う。大型ディスプレーに映る父の姿。嬉しそうだが、何処となく不安そうなな子供の顔。ポツリポツリと進む会話。このシーン、私は頬を伝わる涙をどうすることも出来なかった。藤竜也も総理大臣を好演していた。大きな責任と深い悩みを抱く人間として描かれていて、何処かの総理のように軽薄ではない。子供に「このおっちゃんの顔を忘れるな!」と言ったりして人間臭いことこの上ないのである。
このラストの展開、特に、登場人物の台詞や表情、心の動きがとてもいい。それ故、私の中ではこの映画、駄作を免れることとなった訳である。