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 Vol.7             キングダム 見えざる敵(2007年/アメリカUIP/110分)
■鑑賞日 2007.10.20(土) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 ピーター・バーグ
■キャスト ロナルド/ジェイミー・フォックス、グラント/クリス・クーパー、ジャネット/ジェニファー・ガーナー、
アダム/ジェイソン・ベイトマン
■ジャンル サスペンス・アクション
■あらすじ  9.11以降、いまもなおつづく見えざる敵との闘い。サウジアラビア外国人居住区でまたもや爆撃による無差別テロ事件が発生する。首謀者は「アム・ハムザ」と名乗る人物。事件で同僚を失ったFBI捜査官ロナルドは現地での捜査を強く主張し、マスコミの力を借りてそれを実現する。ジャネット(法医学調査官)やグラント(爆発物専門家)ら同僚とともにサウジアラビアへと渡るロナルド。サウジアラビア国家警察のアム・ガージー大佐に迎えられた彼等は空港から爆発現場へと直行し、そのすさましい状況を見て愕然とする。タイムリミットは5日間、ロナルド達は早速本格的な捜査を開始しようとするのだが‥。
■コメント

 「9.11」同時多発テロ以降、ブッシュ米政権による強硬なテロ撲滅政策が展開されている。当初は世論の圧倒的支持を背景にアフガン侵攻やイラク戦争を推進するが、テロは依然として後を絶たず拡散する傾向すら見せている。いまやアメリカ的正義や価値観は揺らぎ、亀裂を深めるイスラム社会との関係は深刻である。
現在進行形のテーマをどう描くのか関心があったし、少なくとも、ブッシュ政権の反テロ政策を賞賛するような映画ではなさそうなので観ることにした。
 舞台は中東サウジアラビア。宗教も習慣も価値観も異なるその地で4人の捜査官は自分達の判断や手順で捜査をしようとするが規制ずくめで思うように動けず、現地警察との関係もギクシャクする。何処であろうとアメリカ流(=横暴)を貫いてきた彼らの戸惑が表現されていた。「超人ハルク」を見て警察官になろうと思った現地警官ファリス。彼の苦悩としかし強固な正義感は映画に力を与え、ジェイミー・フォックスとともにダブル主役といった感すらする。ファリスの目線によるイスラム社会やアメリカが描かれているのが映画に深みを与えていると思う。
4人の捜査官の一人、アダムが拉致され、彼を救出すべくテロリストの巣窟に入っていく。砲弾が飛び交い血飛沫が舞いあがる。激しい銃撃戦の最中、処刑を撮影するテロリスト達。映像もとてもリアルでテロ最前線の惨状と緊迫感が伝わってくる。老若男女、敵味方の区別がつかない。恐れる余り、罪のない人を撃ち殺してしまうケースが後を絶たないというのは容易に想像がつく。子供の遊道具カラフルなビー球や指のない年老いた手がテロリスト首謀者発見の鍵となる。そこに、日常化した大衆化したテロリズムを感じられずにはいられない。
幼い子供までが当然のように銃を持ちテロリストとなる。復讐や憎悪の連鎖はとどまるところを知らない。ラストでテロの首謀者が死際に泣きじゃくる少女(孫)に言う、「仲間が仕返しをしてくれる」と。あまりにも悲しい現実である。映画が「力」によるテロ撲滅政策に疑問符を投げかけ終わるのもしごく当然である。

 勿論、テロを許すことは出来ないが、「9.11」のような一瞬を切り取っての善悪はつけられても、長いスパンで見ると誰が正義で誰が悪なのか、絶対的なものはない。国際テロの首謀者とされるビンラディンでさえアフガンではアメリカの支援を受けていたくらいである。そもそも、テロが生まれる背景に米・英等を中心とする支配・介入があったことはいうまでもない。表向きは「正義」であったり「民主主義」であったりするが、多くの場合、自国の利益確保・拡大が目的である。とするならば、テロは自らが蒔いた種とも言える側面を持つことになる。
「テロには屈しない」と声高に叫びアメリカとの協調を強める日本。その先にどのような未来が待ち受けているのか。正直、背筋が凍る思いを払拭できない。
 ブッシュ政権の反テロ政策を称え支持する映画が多かったが、ようやく映画界も現実を見極める冷静さを取り戻したというところか。何となく、ベトナム戦争を批判した「ディアハンター」や「プラトーン」などを思い出してしまった。

 Vol.8             グッド・シェパード(2006年/アメリカ/167分)
■鑑賞日 2007.10.27(土) ■劇場名 シネマ太陽帯広
■作品データ
■監督 ロバート・デ・ニーロ、(製作総指揮/フランシス・フォード・コッポラ)
■キャスト エドワード/マット・デイモン、マーガレット/アンジェリーナ・ジョリー、サム/アレック・ボールドウィン、レイ/ジョン・タトゥーロ、エドワード・ジュニア/エディ・レッドメイン
■ジャンル ヒューマン・ドラマ
■あらすじ  1961年、キューバのカストロ政権転覆を目論んだピッグス湾侵攻作戦がCIA内部の情報漏れで失敗し、指揮をとったベテラン諜報員エドワード・ウィルソンは窮地に立たされる。彼は、第二次世界大戦前夜、イエール大学在学中に秘密結社スカル&ボーンズに勧誘されされたのを機に、第二次世界大戦中にOSSで諜報任務に就くこととなる。終戦後、CIAの一員となり、ソ連との冷戦構造の中で優秀な諜報員として暗躍するが、その陰で妻と息子は孤独な生活を強いられていた。送りつけられてきた一枚の写真とテープを手がかりに捜査を進めていくうちに、エドワードは国を守るか家族を守るかの究極の選択を突きつけられることに…。ひとりの諜報員の波乱に満ちた人生を追いながら、米CIA成立の過程を描いた問題作。
■コメント

 CIAが情報分析や情報操作、民衆扇動にはじまり、要人暗殺、クーデター支援、秘密援助等々、アメリカが公的には出来ない裏稼業に関わっているのは公然たる秘密である。この作品は「アメリカの暗部」ともいうべきCIAという組織を真正面から取り上げている。秘密主義が徹底された組織だけに、映画化には多くの困難を伴ったに違いないが、努力を惜しまなかったロバート・デ・ニーロはやはり凄腕である。
 映画はCIAの創世記からキューバ「ピックス湾侵攻作戦」後までを、一人の諜報員エドワード・ウィルソンの生き方を通して冷静に見つめている。彼は「個(家庭)と組織」の狭間で苦悩しつつも、国家のために冷徹に任務を遂行していく。誰をも信ずることなく、孤独であくまで寡黙である。こんな役どころをM・デイモンが好演していた。妻との関係、息子との葛藤や深い愛情、スパイ映画の枠を超えた内容はゴッド・ファーザーを髣髴とさせる人間ドラマに仕上がっている。ただ、青年期も中高年期も顔付がほとんど変らない(笑)。共演のA・ジョリーにもいえることだが、老役に工夫が見られず歳月の経過が感じられないのは残念である。KGBの幹部諜報員「ユリシーズ」との対比で見ると、デイモンの「マザー」は、やや軽いと言うか重厚さに欠ける印象は否めない。
CIAそのものについては、あらゆる「情報」が強力な武器となり、冷戦構造という時代背景の中でそれが力をつけ巨大化するというプロセスが描かれており、さながら、アメリカの現代史を見る思いである。また、後の暴走を予兆させるようなシーンもあり、流石と言うほかない。当然の如く、スパイ映画特有のシーンも数多く出てくる。画質の粗い写真とノイズだらけのテープを人間の目と耳だけの、いわばアナログ解析で場所が特定されていくさまは唸らせるし、ソ連からの亡命者に対する執拗な尋問には、観ているこちらのほうが根を上げてしまうくらいである。また、本の表紙に隠された書類というのも古典的らしいが面白い。
耳の不自由な女性が二人も登場するのは偶然なのだろうか。結婚前の恋人と組織の通訳担当で、寡黙なエドワードがこの二人の女性の前で数少ない寛いだ表情を見せるのが印象的である。それから、恩師の大学教授(男性)から間接的に誘われたり‥。とまあ、耳と目を惹くシーンが随所に織り込まれていて退屈しない。今時稀有な167分モノだが、全く睡魔に襲われなかったのが何よりの証明である。
役者も、「レッドオクトーバーを追え」のA・ボールドウィン(スゴイ貫禄!)や、勿論、デ・ニーロも将軍役で登場し「誰も信じるな」などとアドバイスする。A・ジョリーは醒めた夫婦関係をそれなりに演じてはいたが、ミスキャストの感無きにしも非ずで、彼女でなくても良かったと思う。
 タイトルの「グッド・シェパード」は、「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」という新約聖書からの引用で、羊をCIAに例えている。ちなみに、この作品、ベルリン映画祭芸術貢献賞を受賞している。