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 Vol.1             善き人のためのソナタ (2006年/ドイツ/138分)
■鑑賞日 2007.07.14(土) ■劇場名 cineとかちプリンス
■作品データ
■監督 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
■キャスト ヴィースラー/ウルリッヒ・ミューエ 、クリスタ/ マルティナ・ゲデック 、ドライマン/ セバスチャン・コッホ
■ジャンル サスペンス
■あらすじ 1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)局員のヴィースラーは、劇作家のドライマンと舞台女優である恋人のクリスタが反体制的であるという証拠をつかむよう命じられる。成功すれば出世が待っていた。しかし予期していなかったのは、彼らの世界に近づくことで監視する側である自分自身が変えられてしまうということだった。国家を信じ忠実に仕えてきたヴィースラーだったが、盗聴器を通して知る、自由、愛、音楽、文学に影響を受け、いつの間にか今まで知ることのなかった新しい人生に目覚めていく。ふたりの男女を通じて、あの壁の向こう側へと世界が開かれていくのだった…。
■コメント  この映画、07年のアカデミー外国語映画賞受賞作品ということで私の中では観るべき一本だった。
しかし、この手の作品は上映館が限られるようで地元で観るのは難しい。たまたま、札幌へ行く機会があり、シアターキノで観ることができた。それから3ケ月後、地元市民ボランティアが運営するcineとかちプリンス劇場でも上映され、2度目の鑑賞となった。
 全体として抑制されたトーンで描かれているが主張は明確で、深みのある作品となっている。
社会主義そのものとして存在するエリート保安省局員が、自由な空気に触れることで自分が真に守るべきものを見出す。芸術の持つインパクトや可能性の大きさを表現するには充分なストーリー展開である。映画の主張もここにあるのだと思う。友人の死を知った直後にドライマンガピアノを弾きながら恋人にいう「レーニンはベートーベンを聴くことを禁じた。なぜなら革命が成就しないからだ(要旨)」という台詞が全てを言い尽くしている。つまり、愛とか自由、芸術に触れた時、人間は悪人になれないということなのだ。人間が人間として存在する唯一の理由、「理性」を信じたいという思いが伝わってくる。
また、忘れてならないのは、疲弊した組織の存在である。決定的な証拠を掴みながらも、堕落した幹部の発言で報告するのをやめてしまう。善良で誠実、社会主義の正義を信じるが故に許せなかったであろうことは容易に想像がつく。勿論、監視・密告社会の恐怖も具体的に描かれており、戦慄を覚えずにはいられない。
 映画はラスト近くで、統一後のドイツで淡々と新聞(?)配達するヴィースラーが登場し、全てを知ったドライマンが車中から見つめている。言葉を交わすこともなくその場を去るのだが、彼自身、万感胸に迫るものがあったに違いない。
そして、いよいよラスト。書店でドライマンの新刊本を手にするヴィースラー。表紙をめくるとそこには「HGW XXに捧げる」という添え書きが。この「HGW XX」こそヴィースラーの暗号名なのだった。彼の行為が報われた瞬間だった。ほとんど表情のないヴィースラーだが、この瞬間は僅かに微笑んだように見えたのは私の思いすごしだろうか。鳥肌が立つラストシーンであった。
 翻って、現実はどうか。素晴らしい音楽や文学、芸術に触れることも出来るし、自由を謳歌することも容易に出来る。しかし、常に善人であったり、理性的であったりすることは難しい。極端なことをいえば、人間はショパンを聴きながら悪事も働くことができるのだ。悲しい事実ではあるが、だからと言ってこの映画の価値が半減するものではない。いやむしろ、人間として在るべき姿を提示したものとして高い評価を与えて良いと思う。
追:主演のウルリッヒ・ミューエが7月22日病死した(合掌)
 
 Vol.2             ブラックブック (2006年/オランダ・ドイツ・イギリス・ベルギー合作/144分)
■鑑賞日 2007.07.24(火) ■劇場名 cineとかちプリンス
■作品データ
■監督 ポール・バーホーベン
■キャスト エリス/カリス・ファン・ハウデン 、ムンツェ/ セバスチャン・コッホ 、ハンス/トム・ホフマン、ロニー/ハリナ・ライン
■ジャンル スパイサスペンス
■あらすじ 舞台はナチス・ドイツ占領下のオランダ。美しいユダヤ人歌手のラヘルは、南部へ逃亡する途中、ドイツ軍により家族を殺されてしまう。レジスタンスに救われたラヘルは、エリスと名を変え、髪をブロンドに染めレジスタンス運動に参加する。彼女はその美貌を武器にスパイとしてドイツ人将校ムンツェに近づいていくが、その優しさに触れ、次第にムンツェを愛するようになってしまう。一方、レジスタンス達はドイツ軍に囚われた仲間を救出しようと画策する。しかし、作戦は失敗に終わり、ドイツ側に寝返ったという濡れ衣がエリスに着せられてしまう。エリスはナチスドイツに囚われの身となり、ムンツェとともに処刑されようとしていた。全てが闇に葬られようとしていたその時、独房の扉が開く…。
■コメント 「善き人のためのソナタ」上映の際、予告編として流されたのが本作「ブラックブック」である。監督・脚本が「氷の微笑」「インビジブル」のポール・バーホーベンで、彼がレジスタンスやユダヤ人受難をどう描くか興味があったし、タイトルの「ブラックブック」も謎めいていて惹かれるものがあった。そして、美しき主演女優とくれば、鑑賞条件は完全に満たされたと言うべきだろう。
 この映画、核となるのは第二次大戦ナチス占領下におけるユダヤ人女性の生き様だが、単に、ユダヤ人受難や迫害を描いているだけではない。それまで英雄視されてきたレジスタンスの暗部に鋭く切り込んだ点において、他の作品とは一線を画していると思う。ナチスへの復讐を誓いレジスタンスに身を投じるヒロインエリス。過酷な運命に翻弄されつつも、それを乗越え真相に迫っていく。鍵は、美貌と知恵、そして勇気である。世が世なら勿論別の生き方を選択したであろうが、もしかすると、ユダヤ人のDNAには並外れた闘争心とか探究心がインプットされているのかもしれない。
レジスタンスとナチスが結託するという想定外の構図にも衝撃を受けた。金持ちユダヤ人の名簿を作成し、「安全地帯へ逃がす」という口実で彼らを集め、皆殺しの後、全ての金品を強奪するという手口。怒りとともに背筋が凍る思いを禁じえなかった。また、終戦直後、ナチス協力者として逮捕されたエリスが汚物にまみれるシーンが登場するが、民衆達の卑しさやおぞましさには目を覆いたくなるばかりである。
全ては戦争の狂気の成せる業なのだが、悪の権化のようなナチスの中にも人間性溢れる人はいたであろうし、レジスタンスや民衆達の中にも卑劣で残忍、低俗な人間がいたのである。当り前のことだが、このことをスクリーンで見せつけられた思いである。
「ブラックブック」というタイトルに在るように、展開もまた謎めいたもので、スパイサスペンス映画ばりの緊張感を与えている。ただ、悪事の全てが記されたブラックブックの存在は映画後半まで明らかにされず、タイトル設定にはやや違和感を感じる。
映画は冒頭に「史実に基づく」とのスーパーが入る。歴史の裏側にどれだけの裏切りや略奪、非人間的行為が繰り返されたのだろうか。そこには、涙し散っていった数多くのエリスがいたに違いない。